« フジテレビが必死 | メイン | H2A7号機打ち上げ成功 »

2005年02月28日

首都直下地震の被害

首都直下地震が起こった場合の被害の見積もりが出されたようだ。

経済損失112兆円、避難者700万人――政府・中央防災会議の「首都直下地震対策専門調査会」がまとめた被害想定の数字は、あまりに大き過ぎる。東京都などが単独でまとめていた想定を、関係都県の全体像で見たらこれほど大変だと分かっても、何から手を付けてよいのか、考えあぐねる規模である。ネット上の反応も実感を伴っていない感じがする。
確かに実感がわかない話だ。地震が起こったときの想定であり、自分の身になって考えられないからだろう。

ブログ時評」さんでは、被害の見積もりが甘いのではないかと言う記事が書かれている。話を聞けば納得だが、見積もりを出す側としても難しいだろう。
最悪の場合を考えるか、被害最小の場合を考えるかでも違ってくるし、考えられる被害を考えれば数え切れないほどになるであろう。
避難者のための非常食なども十分でないと言う話もあるが、非常食一つにしても、蓄えれる量の限界、蓄えすぎても問題があるなど、簡単ではないと思う。

新潟地震にしてもそうだが、非常の場合、国が叩かれる場合が多い。確かに国の援助が必要で、十分に用意して欲しいと言う気持ちはあるが、国だけがまかなうと言うのは無理な話である。
国に非常食を用意しろと言うと同時に、自分達でも非常食を用意して欲しいと思う。非常な場合なのであるから、誰かが助けてくれると言う保障もない。自分で自分の身を守るために、日ごろの災害対策を考える必要がある。国に災害対策を望むなら、自分達でも個人で出来る範囲で災害対策をするべきである。

ブログ時評」さんでは、災害対策の意識についても書かれている。

このような想定出るのであれば「近年、都心の分譲マンションが人気で住み替えられる方も多いようですが、その方々は居住地リスクをどの程度まで考慮されての移住だったのでしょうか?」と訴えているのが「田舎暮らしの学校」の「田舎の存在価値とは」である。「暮らし・生活・生命を不測の事態から守るために、生活の拠点を分散させて確保しておく。華僑の方にとってはあたりまえの考え方のようですが、島国に育ち国際交流経験の少ない日本人にはあまり浸透していない考え方でしょう」とリスク分散を暮らしの根本に取り入れるべきだとする。
最初に書いたように、災害を経験していないと災害に対して自分の身になって考えられないのである。少しでもいいから考えていきたいものである。

投稿者 takus : 2005年02月28日 01:40

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.takus.info/mt-tb.cgi/599

コメント

コメントしてください




保存しますか?